走るようになってわかったこと。

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走るようになってわかったこと 

欲求と抵抗。
まぁ、分かりやすく言えば、
「嫌よ嫌よも、好きのうち」というのでしょうか(汗)。
 
「欲求」とは抵抗の表現形であり、
「抵抗」は欲求の表現形であるということでござます。
 
「なんのこっちゃ?」かもしれませんが、
欲求と抵抗は、時として反対語のように理解されます。
言葉としてはそうなのかもしれませんが、
人の心理に照らし合わせると、双子のような存在なのかもしれません。
 
「○○は嫌だ」「○○は嫌い」という表現が示唆するものは何なのか?です。
この裏側に隠されているのは、
「○○になりたい」「○○が欲しい」ということに他なりません。
 
ヒトは賢明であると同時に、とても憶病でもあります。
 
すなわち、
「傷つきたくない」という欲求の表現形として、
「攻撃」や「逃避」という抵抗を示します。
「逃避は抵抗なの?」という疑問が生まれるかもしれませんが、
自らに降りかかることに対する反応
すなわち何かしらのアクションという意味では、立派に抵抗していると云えます。
その対極にあるのは、
「無反応」であることからしても、逃避も反応、すなわち抵抗の領域にあるものと捉えてもいいでしょう。
 
これは、
「色即是空、空即是色」であるわけです。
 
 
ここで敏感な人は気付き始めます。
それは、
意識的な反応と、無意識に近い反応があるということに。
意図ある反応は、むしろ反応というより、
すなわち意識下に感情を置いています。
一方で、
「なぜか受け付けない」を正当化しつつ拒絶する反応は、
意識下にその反応を置ききれていません。
 
これが現実レベルではどのように表現されているのでしょうか。
    「大好きだからガンバル!」
    「嫌いだけど、仕方ないからガンバル」
 
自分の「頑張りの動機」から出てくる答えの表現形を乱暴に分類すると、
上記の2パターン集約されることが多いように感じます。
 
    の動機は、やっていることそのものに動機があります。
一方で、②の場合は別の場所に動機を担保していることが分かります。
 
 
このように考えていくと、
どうやら、物事を自分の外側に置くことと、内側に持ってくること、
どちらを軸にして、日常の目の当たりにすることを処理するクセを持っているかが分かってきます。
結論から書いていくと、
    的な2次的動機で物事や人に対峙することは、
精神的には極めて脆弱だということです。
 
何かを為すために、
何か別のチカラを借りて推進することは悪いことではありませんが、
本来の目的が、
まったく別の事が理由となり、断念することを容認してしまう事もあるということになります。
とっても簡単に言うと、
「お金が無いからワタシは夢を諦めました」ということを正当化してしまうということです。
「生きて行かないといけないから、好きじゃない仕事でも頑張ります」にしても同様かもしれません。
 
前述したように、
それを「悪い」と言っているわけではありません。
MOTTAINAIわけです。
 
人は誰しも、
「○○は■■だ」という信念を多かれ少なかれ抱いているものです。
それは現実、事実とは別のところで、
各々で勝手に決め事をつくることを言います。
別に、そうでなくてもいいわけです。
ですが、そう信じ、そう決め事をつくるほうが楽になっている。
そういうサイクルで日々の言動、行動をパターン化することに慣れてしまっているわけです。
 
例えば、
自分の頭に逆の信念、すなわち「○○は■■ではない」という刷り込みを意識的にしてみると、
面白いことが起こります。
徹底的に「○○は■■ではない」理由をつくって、
自分に語りかけていくと、今まで「○○は■■だ」と思いこんでいたことが違って見えてくるものです。
 
このように考えていくと、
たいていの場合、
自分の「ゆく道」を阻んでいるのは、
自分の「思いこみ」による「言い訳」であることが分かってきます。
 
脳が創り出す複雑怪奇な思考パターンを、
とってもシンプルな「○○は■■だ」という言葉に押し込んで、
複雑怪奇というか、むしろ自分にとっては今困難なこと(忘れておきたいこと)を
やらなくていいようにする封印の術を、誰しもが使うことができてしまうわけです。
 
とっても丁寧に書いたつもりです。
端的かつ乱暴に言えば、
みんな「言い訳のプロ」なわけです。もちろんワタクシも!
そして「依存症候群」でもあるわけです。
 
自分の脳を、自分の脳で客観的に見る努力をしていくと、
どうやら自分の脳を傷つけたくないが為に、
「失敗想定下で、リスクヘッジ作を実行する」ことがメイン戦術になっている場合が多い気がします。
 
「ダメだったらどうするか」
「ダメにならないためにどうするか」
「イイようにするためにはどうするか」
「イイに必要なことは何か」
 
目標を達成するにあたり、
上記のプロセス要件を考えるのは定石ですが、
さて、
みんさんの日常生活、または職場等では、
課題達成のためにどういう要件定義を行う事が多いでしょうか。
 
よく見ていくと、
課題(物事)を自分の外側に置いている場合は、
リスクを想定するケースが多く、
自分の内側に置いている場合は、
実現可能性を探っているケースが多くなります。
 
これこそが、
「本気でやる気があるか」の真髄なのではないか、と思うのです。
 
「それ」は自分の事なのか、
それとも他人事なのか。です。
「他人事」の領域にある、もしくはそう思っている物事を、
「イイ」にするのは極めて困難です。
他人を操作しきらないと、自分の「イイ」に辿り着くことは難しいのです。
 
他責(他者を責める)ことは、自分の隠れ蓑なのです。
 
例えば、
「人を育てる」とか「お嫁さんになって幸せになる」などという表現を耳にしますが、
(個人的な見解ですが)ぼくは無責任に感じます。
何がゴールかが分からない。すなわち、「アナタは何をするの?」となるのです。
目指す何かを他に依存している気がしてならないのです。
育てられる側、ダンナになる側からして果たして本当にシアワセなのか。。。
(ブツブツブツ^^;)余談ですがね><
 
 
 
話は変わりますが…
 
「失敗」。
この名詞を見て、直観的に負の印象を受けるか、
それとも正の印象を受けるか、さてどちらですか。
 
と、いうように、
すでに刷り込んでいる概念、
すなわち「信念」があります。
この信念は、自分の好きなように再構築できるのですが、
幼かったかつ、若かったころに「信じ込んだ念」に、
大のオトナが従っているケースがとても多いのです。
 
 
女子サッカーワールドカップで「なでしこJAPAN」は見事優勝しました☆
スウェーデン戦で一躍ヒロインとなった川澄選手のお父さんがこんなことを言っておられました。
「娘は本当に大好きなことを一所懸命に出来た。それが良かったんだと思う」と。
また「一度も練習の厳しさに弱音をはくこともなかった」とも。
 
一例ではありますが、
ここには成功への方程式がシンプルに表れている気がします。
 
 
物事は「原因と結果の法則」に従い、
本当にシンプルです。
 
「イイ」には要因があります。
 
 
心の底から思える、とっても喜べる「イイ」を決める。
イイ結果にある条件をシンプルに設定し、
それを脳からカラダに指示を出してあげる。
指示に従い実行した結果生まれる想定外を、
ひとつひとつ丁寧に措置する。
 
これを繰り返すことが、
「イイ」を実現する秘訣に他なりません。
 
 
 
☆「決める」←自分のことにする
☆「過去の信念に縛られない」←言い訳を正当化しない
☆「自分のカラダを動かす」←脳とは別物であることを知る
☆「あらゆる面で比べない」←自分のことにする
☆「続ける」←言い訳を正当化しない
☆「達する喜びを味わう」←過去の信念を塗り替える
 
 
すなわち、
「達すること」は「信念の塗り替え」とも言えるわけですね。
 
 
走れるようになったこと。
ぼくには大きなHAPPYと気付きを与えてくれています☆
そしてそれは、
「自由」の象徴でもあるんです。
 
「与えられた(=制限)」と認識できることを越えて、
「出来ること」を知った時、
自由がもたらしてくれる、人(=自分)の持つ能力の無限性に触れられる。。。

「攻撃」と「逃避」そして「保留」…すなわちは「決めない」「やらない」は、
自分にとっては何も生まない「大敵」であることに気づけたわけです。



<自分の中の負>
マラソン走れたらそりゃいいけど。。。
自分は短距離が速いから、
長距離が遅くてもまぁ、メンツは保てるよ…
だって、そもそも向いてないんだよね><
(昔はスポーツ得意だったんだよ!と自慢話にしばし時間を費やす…)
まぁ、君と僕は違うから、それぞれでいいんじゃない。
(こうして自らをドンドン孤立させ、頑なにしていく…)

 
 
なんだって「出来る!」は、
走ってみないと分からなかったわけです^^♪
 
そして、
このことは「一事が万事」であることを肝に銘じておきたいのです。

 
by Peach

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このページは、peachが2011年7月18日 11:18に書いたブログ記事です。

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